2019年12月18日水曜日

榎(えのき)の実


こんにちは。


落ち葉の掃除もひと段落したころでしょうか。


春に新芽が出て、


5月の榎




夏に🌞日差しをさえぎってくれた葉っぱも、


10月の榎




役目を終えて🍁落ち葉となりました。


11月の榎



榎(えのき)は、11月下旬頃から葉が落ち始め、あちこちに吹き溜まります。


その落ち葉はシルバーさんたちが協力して、9時の開館に間に合うように掃除しています。毎年のことですので、みなさん手際よく作業を進めます。



その〈榎の実〉を食べることができると、今年初めて知りました。


11月中旬に の近くを職員が歩いていると、野山の植物探訪(NHK文化センター)の指導者の方がメンバーに、「榎の実は食べることができる」ことを説明しているのを耳にしたそうです。





























12月17日の榎

















落ち葉掃除の時期も、あともう少し。

1年でもっとも冷え込む大寒のころには、榎も枝だけになっているかもしれません。





2019年12月12日木曜日

千田嘉博先生の特別講演「湯築城と松山城の魅力」松山市考古館にて


こんにちは。


前回のブログでもお伝えしましたように、今治城の天守にある管理事務所は、職員とシルバーさん(13人の中から順番に)お1人が働いています。









先日の昼休みに、充実した老後の生活には何が必要かという話になりました。


【キョウイク】今日、行くところがある
【キョウヨウ】今日、用がある
【チョキン】    筋力を貯める


これらがポイントじゃないか、ということに。これらにピッタリの趣味(他にも色々あるのですが)の一つに、お城めぐりがあります。


外出や旅行のきっかけになりますし、自然の中を【歩く】ので健康にも良いです。一生モノの趣味になるかもしれません。


11月23日(土・祝)松山市考古館で開催された千田嘉博先生の特別講演会『湯築城と松山城の魅力』の中、「お城めぐりは体と頭を使う知的な趣味です。」とおっしゃられてました。








せっかくですので、特別講演の様子を伝えさせてください。


松山市考古館で開催された千田先生の特別講演会は、とてもたくさんの人が集まったので、会場(定員150人)に入りきらなかった方々は一階ホールの大ビジョンで千田先生の話を聴きました。






さすが、テレビに出演されてる先生ですね。素人にも分かりやすいよう親しみやすいように、【中世の城・湯築城】と【近世の城・松山城】のあれこれを、笑いを交えて話してくださいました。


講演が始まる前に写真撮影の時間も作ってくださり、気さくにファンサービスもしてくださいました。テレビに出ている方と一緒に写真を撮っていただいたのは初めてです。


昔、お城好きといえばほとんど男性だったのですが、ここ数年お城好きの女性が増えてきたことを先生はとても喜んでいらっしゃいました。


そして、松山のように中世と近世の城郭が近距離にあるのは珍しくワクワクします、と言われてました。



★まずは、道後公園・湯築城跡のことを。







湯築城は室町期以降、河野氏の伊予統治の中心でした。

2重の堀と土塁をめぐらした城でした。



両側にある盛土が土塁です。



そして城は、丘陵部と平地部で構成されていました。





丘陵部




平地部



平地部は庭園のある上級武士の居住区とその他の武士の居住区に分けられていたようです。











リーフレットです。




リーフレットです。





リーフレットによりますと、道後温泉近くにあった🐘道後動物園が閉園した後、埋蔵文化財発掘調査を実施したところ、中世の湯築城の遺構や遺物がたくさん出土しました。














城郭の塀や土塁(敵の侵入を防ぐために築かれた土製の堤防状の壁)などの縄張り遺構が良好に残っているのと、貴重な中世の城跡の復元などが評価されて、日本100名城に選定されました。





gakken『日本100名城公式ガイドブック』123㌻より





湯築城の100名城スタンプは、湯築城資料館にあります。









100名城スタンプ




湯築城跡をくまなく見学できるように作られた「湯築城跡冒険シート」もありました。










千田先生の特別講演「湯築城と松山城の魅力」を聴かせていただくまでは、どうして湯築城が100名城に選ばれたのだろう?と思っていましたが、

先生のお話を聴いて湯築城資料館を見学した今は、
なるほどそういう事だったのか!と納得です。


















休憩時間をはさんで★松山城のお話が始まりました。
この話は、次回にさせてください。




A


2019年12月11日水曜日

現存12天守それぞれの物語➀(廃城令)


こんにちは。


持久走大会の季節になりました。


今治城がある吹揚公園で、12月4日今治城の隣にある吹揚小学校の持久走大会がありました。スタートは藤堂高虎像がある吹揚公園。堀のまわりを走り、堀に架かる土橋を通って吹揚公園がゴールです。



9時過ぎたころ、吹揚公園から「5・6・7・8!」と児童の声が聞こえてきました。







お昼前まで、低学年・中学年・高学年それぞれ別のコースを、力いっぱい走っていました。




さて、今治城の天守にある管理事務所は、13人のシルバーさんが順番に窓口業務を担当します。






先日、お当番のHさんがF学芸員に質問しました。
「廃城令が出たのに、現存天守が12も残ったのはどうして?〈廃城令=城を壊せ〉という政府の命令だと思っていたので不思議に思っていた」と。わたしも同じく、そう思っていましたので、そこらへんを調べてみました。




廃城令のずっと前、江戸時代の1615年「一国一城令」によって、城は原則として各藩の藩主が居住する城一つと決められました。その趣旨は、直後に発布された「武家諸法度」のなかでも強調されたため、戦国時代からあった、たくさんの城が激減したそうです。戦国時代には目的別の城が作られたので、城数は戦国時代がピークでした。




そして、明治6(1873)年の「廃城令」で全国の城が
存城〉と廃城〉に分けられました。



廃城〉となった城は大蔵省の所管となり、学校用地や公園などに転用されたり、櫓や門などは神社や寺に移築されたり再利用されることもありました。ちなみに、愛媛県立西条高校は西条陣屋跡にあり、校門は大手門だそうです。

存城〉となった城でも、天災や戦災などいろいろな理由で現在まで残れなかった城がたくさんありました。



このような、もろもろの経緯をたどりながら
現在まで残った天守が下記の現存12天守です。



弘前城 青森県
松本城 長野県
犬山城 愛知県
丸岡城 福井県
彦根城 滋賀県
姫路城 兵庫県
備中松山城 岡山県
松江城 島根県
丸亀城 香川県
松山城 愛媛県
宇和島城 愛媛県
高知城 高知県

現存12天守のうち、4天守が四国にあります。






gakken『日本100名城公式ガイドブック』現存天守の位置に赤●をいれました。





またの機会に、12の天守が奇跡的に現存できたいきさつを
一つずつ調べてお伝えしたいと思います。





2019年12月4日水曜日

具足(ぐそく)って、なに?


こんにちは。


鍋物が美味しい季節になりました。

寄せ鍋・水炊き・キムチ鍋・すき焼き・土手鍋・もつ鍋・ちり鍋・ちゃんこ鍋・しゃぶしゃぶ・みぞれ鍋…書ききれない種類の鍋料理。どれも、美味しく体が温まります。






今治城は、本格的に冷え込む日も、たくさんの観覧者がいらしてくださいます。先日、天守の展示物を熱心に観てくださった方から「鎧兜の重さって、どのくらいあるの?」と質問がありました。


お答えするために史料を探しましたら、今治城(一般財団法人今治文化振興会)が発行している『今治藩の家臣団』の12㌻に鎧兜の重量の表示がありました。




2019年9月20日第二版「一般財団法人今治文化振興会 今治城」発行





具足 (ぐそく)の総重量10.72キロ 
兜(かぶと)の重量2.08キロ

とあるのですが、鎧兜でも甲冑でもなく、具足と書いてあります。
具足って、なに?

足に付ける甲冑にしては重すぎます。調べてみました。

具足の「具」は「そなえる」
具足の「足」は「たりる」
つまり具足は、【フル装備】の状態を言うようです。


武士が戦うときに体のさまざまな部位を守る具足は、戦術の変化・武器の進歩・西洋甲冑の影響など、いろいろな要因の影響を受けて変化したそうです。これはまた、次の機会に調べることにいたします。


今治城天守にも、具足や刀(かたな)・槍(やり)・鉄砲などを展示しています。どうぞ観にいらしてください。

お待ちしております。





2019年12月2日月曜日

展望パネルと木製ベンチの贈呈式(今治ライオンズクラブ)


こんにちは。


12月が始まりました。今月中にすることを考えると気ぜわしく、ソワソワした気持ちになります。先月までを計画的に暮らせばよいのですが、毎年12月にならないとエンジンがかかりません。


ひとまず気持ちを落ち着けて、今月の予定をカレンダーに書いてみるといいかもしれませんね。




「日本の名城 2019年版」企画・製作(株)コミュニティネットより





さて11月21日、今治ライオンズクラブから「展望パネル」と「木製ベンチ5脚」が贈られました。


「展望パネル」4枚は、天守最上階展望台の東西南北に。
「木製ベンチ」は、吹揚公園に2脚と天守の三階に2脚・四階に1脚置かせていただきました。












まずは、展望パネルを設置しているようすをお伝えさせてください。




















パネルには、目の前に広がる景色が理解できるように島の名前などが書かれています。








11月21日の朝、贈呈式の準備が始まりました。












贈呈式が無事に行えるように、新旧館長(今治城)が吹揚公園を見てまわります。







そろそろ開始時刻です。











今治市長から、ご挨拶をいただきました。









贈呈式のあと、出席された皆さんが天守最上階展望台に設置された展望パネルを見に上がられました。









市長は最上階までの階段を途中で休むことなく、息も切らさず上がられました。



























ご多用の中、贈呈式出席だけでなく天守も興味深く熱心に観覧くださり、ありがとうございました。

これからも、今治城が今治市の観光と文化のシンボルでいられるよう、がんばります。