2022年6月22日水曜日

吹揚神社のはじまり~本丸跡の神社~




みなさんは、今治城の本丸跡、天守のとなりにある神社をご存知でしょうか。


神社の名前は「吹揚(ふきあげ)神社」といいます。


今治城の別名「吹揚城」から名付けられました。


現在の吹揚神社には、今治城主であった藤堂高虎と久松定房も祀られています。


江戸時代の今治のランドマークであった城の名前が付き、当時の統治者である今治城主が祀られる吹揚神社ですが、その始まりは江戸時代……ではなく武士の世が終わった後の明治時代でした。


今回は明治時代のお話、吹揚神社のはじまりについてご紹介します。




吹揚神社のはじまりは明治5年(1872)。


江戸時代に城下にあった4社の合祀社殿が今治城本丸跡に造営されたことにはじまります。


合祀されたのは、蔵敷八幡宮、神明宮、厳島宮、中蛭子宮です。



これらの神社がどう選ばれたのかは、歴史資料からその一端をうかがい知ることができます。


(明治5年)「御城地へ寄候御社 覚」
(『申歳記録』今治郷土史編さん委員会編『今治郷土史 資料編近世3』今治市1987年993頁所収)


これは、大浜村(現今治市大浜町~小浦町)の村政記録の一部分です。

今治城跡に移す神社の候補を知ることができます。

明治5年3月の記事には、神明宮・蔵敷八幡宮・厳島神社・夷宮が合祀されることが見えます。

また、明神社・伊予熊社・天神社も候補であったものの、「村方不服不寄」つまり、神社のある地域住民の反対などを理由に城跡には移されませんでした。


典拠:前掲(明治5年)「御城地へ寄候御社 覚」



このように多くの候補が立てられたなかで、最終的には4社が選ばれて今治城本丸跡に移され、「吹揚神社」となったのです。


4社が城跡に移された明確な理由は、現在のところわかっていませんが、今治藩主の氏神とされる、飢饉の度に藩の命を受けて雨乞いの祈祷を行うなど、いずれも江戸時代を通じて今治藩との関係が深い神社でした。


明治初期の今治城の堀(「吹揚城蹟」今治城蔵)


学芸員M

2022年5月2日月曜日

今治城が紹介されました 「i.i.imabari! 瀬戸内の新しい風 ~駆ける×イマバリ!~」

こんにちは。


ゴールデンウイークも最終日となりました。


今年は2年ぶりの行動規制のないGW、今治城も毎日1000人近くの来館者でにぎわっていました!



さて、今日はみなさまにご報告です。


今治市の広報番組「i.i.imabari! 瀬戸内の新しい風 ~駆ける×イマバリ!~」で今治城が紹介されました!!


番組の最後には『高虎サミットin今治2022』の告知も。


Youtubeにアップされていますので、見逃した!という方は下のリンクからぜひぜひチェックしてみてください( ˘ω˘)💕

2022年4月2日土曜日

桜が満開になりました🌸

こんにちは🌝

今治城では、今週末から桜が満開になりました🌸

昨日に撮影した写真をアップします。

この美しさが少しでも長く続くことを願っています。












2022年3月24日木曜日

企画展がはじまりました ~「天守のおとなりさん 吹揚神社の今昔」~

こんにちは。


全国的に気温が上がらない日が続いていましたが、今治城では真っ白なユキヤナギが見頃を迎え、いよいよ春がくるのかなと期待がふくらみます。




そして山里櫓では、企画展「天守のおとなりさん 吹揚神社(ふきあげじんじゃ)の今昔(会期:3月19日~5月22日)」がはじまりました!



本企画展では、


「吹揚神社はいつからあるの?」

「なぜ天守の横に神社が?」など。


今治城天守の「おとなり」に鎮座する吹揚神社にまつわる疑問について、地域に残る古文書や神社境内の狛犬などの石造物から迫ります。


展示資料は、


・今治藩士による記録 年中行事

・伝沖冠岳 今治旧城図

・藤堂高虎肖像画     ほか


また、「吹揚神社 石造物探し」マップを企画展会場で配布しています。


企画展の観覧後に、境内を歩いて石造物を探してみてくださいね( ˘ω˘)♡


(撮影:狛犬のしっぽが好きな学芸員M)


※企画展入場の際には、天守1階にて入場券(天守・櫓共通券)をお求めください。


・2022年4月3日追記

今治CATVさんに企画展をご紹介いただきました。

YouTubeにてご覧いただけます。



M

2022年2月3日木曜日

鬼ぐいって何?-節分の風習ー

 こんにちは。


今日は2月3日、節分の日ですね。





みなさんは、今治の節分に欠かせないアイテム「鬼ぐい」をご存知ですか?


実は県外出身の私、つい1週間前に、幕末の今治での節分を紹介した古文書の記事のなかで、「鬼グイ」に出会いました。



「鬼グイ(方言ニシテ多羅)ト塩漬鰯ヲ小サク切リテ、豆柴(方言木葉ニシテ火ニ入ルレハハリハリ云フ)ニ包ミ……」(注1)



「鬼グイ」?と、塩漬けの鰯を小さく切って「豆柴」🐶??に包んで……

な、なんのことか分からん_( _´ω`)_モウダメ


鬼グイとは??豆柴とは?頭にたくさんのはてなマークが浮かびます。


しばらくもんもんとしていましたが、ふとスタッフAに「鬼グイって何なんですかねえ…」ともらしたところ、


「へ?スーパーに売ってるよ?節分コーナーに」と驚きの返しが( ゚Д゚)!!!



それを聞いて、さっそく走りました!スーパーの節分コーナー。


ありました!節分豆にならんで「鬼ぐい 本体価格98円」。



そして買ってきた鬼ぐいがコチラ





スタッフAいわく、今治の節分には欠かせないもので、節分前から魔除けとして玄関近くにつけておくそうです。


ちなみに、下の部分がタラの幹で通称「鬼ぐい」、上の部分がトベラの葉で通称「豆しば」といいますが、

スーパーでは、タラの幹にトベラの葉を挟んだもの=「鬼ぐい」として売られていました。


鬼ぐいには「鰯」も必須アイテムとのこと。


ということで、スタッフAに教えてもらいながら鰯をつけて完成!!



わ、輪ゴムがイワシにめり込んでるううう




さて、これでやっと古文書の話が理解できそうです(*'▽')💕

幕末の今治での節分を見てみましょう。


「鬼グイ(方言ニシテ多羅)ト塩漬鰯ヲ小サク切リテ、豆柴(方言木葉ニシテ火ニ入ルレハハリハリ云フ)ニ包ミ、竹ニ挟ミテ戸口或ハ窓ノ口ニ至ルマテ、指シ置クモノ也」


①鬼グイ(タラの木)と塩漬けの鰯を小さく切ったものを豆柴(トベラの葉)に包み、

②竹に挟み、

③戸口・窓に指しておく。


私がスーパーで買ってきた「鬼ぐい」はタラの幹にトベラの葉のセットを指したものでしたが、古文書に記された「鬼グイ」はタラ(の幹?)の意味で使われています。


そして、タラと鰯を切ったものをトベラの葉に包む。


この方法は、スタッフA直伝の「鬼ぐい」とは異なっていますね。


現在の今治市内でも、私が購入したような「鬼ぐい」(タラの幹とトベラの葉)に、鰯の頭だけくくりつける派、鰯1匹をくくりつける派、はたまた鰯はつけない派など、他にも各家庭でさまざまな鬼ぐいのかたちがあるようです。

学芸員M


(注1)「節分」(『今治郷土史 国府叢書 資料編 近世2(第四巻)』1989年、今治郷土史編さん委員会編、「国府叢書 巻二十三」p1022所収)。

「国府叢書」全65巻は、庄屋加藤家が代々残した今治藩政の数々の史料を基に編集(編纂)したもので、今治市屈指の郷土史資料集です。その編集は、最後の国分村庄屋であった加藤友太郎氏によるものです。藩政の実態や村の生活が解説されています。

今治市立図書館公式ホームページでは、「国府叢書」の原本の高精細画像および翻刻を閲覧することができます。 ⇒ https://trc-adeac.trc.co.jp/WJ11C0/WJJS02U/3820215110



2022年1月21日金曜日

昨年 2021(令和3)年 1月~12月の今治城

こんにちは。


大寒のころとなりました。





一年で最も寒い季節がやって来ましたね。温暖な今治でも朝の冷え込みは厳しく、通勤車の外気温度計は-2℃でした。
節分まではこの冷え込みが続くので、コロナはもちろんのことインフルエンザや風邪など引かないよう、くれぐれもお気をつけください。


さて、本来ならば一年を振り返るのはその年の12月なのですが、昨年末は叶いませんでしたので、年をまたいだこの時期に2021年の今治城を振り返らせてください。


今治城も皆さまと同じく、コロナ禍の影響をうけて働き方や経済活動・人との関わり方や生活様式など、たくさんの変化がありました。


一番の変化は、4月に新メンバー【自然科学館のM先生と新人学芸員 M】が赴任したことでしょうか。


自然科学館館長のM先生


新人学芸員 M

M先生も新人学芸員Mも、新しい展示や研究に意欲的に取り組みながら、観覧者はもちろんのこと、地元今治の方々に〉今治城を知っていただき、来て楽しんでいただこうと創意工夫をしています。


★ 4月21日 聖火が今治城に。












4/22~5/31まで、新型コロナウイルスの感染拡大防止のため臨時休館しました。

天守入口と窓を閉め切り、観覧者がいない静かな城での仕事は厳しいものがありましたが、今できる事、今しかできないことをしよう‼と気を取り直して取り組んだのが今治城公式ツイッター。新人学芸員Mが頑張り、7月19日に開設できました。

おかげさまで、たくさんの方々に応援していただき、現在は1074人ものフォロワーさんがいらっしゃいます。


★7月末は夏休み企画として〈新型コロナウイルスの感染拡大が収まり、コロナ禍でうまれた差別や偏見がなくなりますように〉と、職員Mと新人学芸員Mが心を込めてシトラスリボン2000個を編みました。


入館した子供たちや学生さんには観覧券と一緒に手渡しし、一般の観覧者はご自由にお持ちいただきました。


★ 8/14~9/12まで、またもや新型コロナウイルスの感染拡大防止のため臨時休館。この間に、スタッフたちのコロナワクチン接種が終了しました。その後再開してからも、できる限りのコロナ感染予防対策をしながら観覧者をお迎えしています。



★11月12日からは「ドラゴンクエストウォーク」の「この城わが旅!日本100名城キャンペーン」が始まり、1月31日㈪まで実施中です。




このころ、コロナ感染者数が落ち着き始めたようにみえ、収束に向かうのかも…と、かすかな希望を感じたのを思い出します。


★コロナ禍になってからツアー団体客は激減しましたが、修学旅行の児童や学生さんたちが、たくさん来城するようになりました。

日本の歴史が学べ、しっかりとコロナ感染予防対策をしており、換気ができていて密にならない、からでしょうか。








★ 11月27日 今治城がクラシックジャパンラリーのチェックポイントになり、たくさんのクラシックカーが集まりました。ほんの一部を紹介します。









ツイッターには鉄御門をくぐって走るクラシックカーの動画を掲載しています。

本日〠届いたクラシックジャパンラリー『終了報告書』にも今治城での様子が掲載されていました。



★ たくさんの書籍に今治城(御城印)が掲載されました。







今治城が『歴史絶景』日本の絶景ベストセレクトの表紙になったときは、スタッフ一同、感謝感激でした。






昨年も一昨年に続いてコロナに振り回され、なにがなんだかわからないまま一年が過ぎたように感じていましたが…

こうして振り返らせていただくと、ある意味、実のある年だったかもしれません。丑年にふさわしく、ゆっくりと少しずつ前に進めたようにおもいます。




今年は、昨年に蒔いた種が🌱芽吹きますように。






2022年1月8日土曜日

新年のご挨拶


明けましておめでとうございます。

新しい年を迎えて一週間が過ぎました。
みなさま、いかがお過ごしですか?




仕事や学校も始まり、普段の暮らしに戻られたでしょうか。

地方によっては降り続く大雪で⛄大変な思いをされている方もいらっしゃるかと。温暖な四国の者には想像できませんが、転ばないように気をつけてくださいね。



さて、元旦から開館していた今治城はようやく静けさを取り戻し、職員たちは、それぞれの仕事を始めています。

今年のお正月は久しぶりの大賑わいで、三が日1596人もの方々が来城されました。








今治城では元旦からお年玉企画として、1000枚限定バリィさんお正月バージョン「しおり」入館者に無料配付しました。

図柄は、天守の上に初日の出。バリィさんは藤堂高虎公のうさ耳カブトをかぶり、手には破魔矢(縁起を祝う矢)を持っています。

しおりの裏には、職員一同のおもいを書かせていただきました。今年こそは、穏やかなよい年であることを心から願っています。






もうひとつ、新年をお祝いして🎍迎春 御城印を枚数限定で作りました。(税込・三百円)

今治城は日本三大水城ですので、家紋を海水の藍色に。

背景は、平安で幸せな暮らしが未来永劫続きますように…との願いが込められた吉兆柄の青海波(せいがいは)を。

右下には堀で泳ぐボラを金色で押しました。










御城印の日付は、館長が心をこめて書いています。






おかげさまで、バリィさんお正月バージョン「しおり」は二日に配り終え、入館した方々に喜んでいただけました。

迎春「御城印」は、このように天守入口の観覧券売場にて、いつもの御城印と並べて販売しています。






長々と続いているコロナ禍も、油断せずに今までどおりの感染予防を続ければ落ち着くのではないかと感じられた昨年12月、天守入口に職員Mが編んだシトラスリボンを置きました。【昨年夏は(18歳未満と大学生)の入館者にお配りしました。】








今はもう、何度目の「まん延防止」かわからないくらいコロナ禍が続いていますが、

昔から『明けない夜はない』『上がらない雨はない』とも言われています。

今治城職員一同、マスクなしで観覧者のみなさまにお会いできるのを楽しみに、今できること今しかできないことを粛々としてまいります。


今年もよろしくお願いいたします。