2021年3月11日木曜日

3月11日 消防訓練をしました。

 
こんにちは。

東日本大震災から10年。

あの年に生まれた子どもたちは、小学4年生。
今、新型コロナウイルスの影響を受けながら暮らしています。保護者の方々も日常生活の中で、子どもたちへの接し方など、いろいろと気を遣いながら過ごしているのではないでしょうか。

仙台市公式ホームページに

https://www.city.sendai.jp/shinsaifukko/shinsai10.html

「つなぐ おもい つながる」東日本大震災から10年というウェブサイトがあります。


このウェブサイトでは、東日本大震災から10年の復旧・復興や まちづくりに係る さまざまな活動のあゆみ・おもいを 関係者へのインタビューおよび写真・データーを通してお伝えします。と始まります。


四国伊予 宇和島藩 伊達家の家紋
竹に雀紋【宇和島笹】

どんな自然災害も、いつ起こるのか、どこで起こるのか、誰にもわかりません。


今治も芸予地震〈2001(平成13)年3月24日〉から20年。

「南海トラフ地震」などの自然災害は、いつ発生するか分からないからこそ、日頃の備えが必要です。


なので今治城も、3月11日8時25分開始で消防訓練を実施しました。その様子をお伝えさせてください。では、始めます。


観覧者から火災の報告を受け、職員が出火箇所の確認をしに、現場へ行く。




 

出火状況の連絡を受け、消防署への通報をする。

※訓練なので実際に119番通報はしません。





館内緊急放送をする。
避難誘導の開始。






観覧者は、職員の誘導にしたがって避難する。




職員は、各階に人がいるかどうか確認しながら避難誘導する。

※「火事です。火事です。1階へ避難してください。」と大きな声で言いながら回る。







天守前広場に避難誘導





職員の状況報告及び、職員と避難者の点呼により無事の確認をする。






実際に消防訓練をしてみて、自動火災報知設備や非常用電話📞館内放送設備などの使い方が理解できました。

あってはならない事ですが、いざという時のために、各種の訓練は必要です。

今治城では、その火事防ぐあなたに金メダルのポスターを掲示して、火災予防に努めています。



製作/一般社団法人 日本防火・危機管理促進協会
後援/消防庁 全国消防長会






2021年3月10日水曜日

尾道市の広報2月号に「今治城」が掲載されました。

 こんにちは。


3月8日は国際女性デー


1904年、ニューヨークで婦人参政権を求めたデモが起源となり、国連によって1975年に3月8日を「国際女性デー(International Women’s Day)」として制定されました。


この日は、女性たちの勇気と決断を祝福する日です。


イタリアでは日頃の感謝の気持ちを込めて、男性から女性(母親や妻、友人や同僚など)にミモザの花を贈る習慣があるので「ミモザの日」と呼ばれています。


『花の歳時記』金田初代監修・金田洋一郎写真


約120年前の日本にも、女性の社会参加や地位向上に生涯をかけた津田梅子という女性がおりました。


彼女は日本初の女子留学生(岩倉使節団に最年少6歳で加わり11年間アメリカで学ぶ)で、いわゆる明治時代の帰国子女。ヘレンケラーを訪問したりナイチンゲールと会見するなど精力的に活動を続け、後に女子英学塾(現・津田塾大学)を創設します。


津田梅子は、女性の地位向上こそ日本の発展につながると信じて、「男性と共同して対等に力を発揮できる女性の育成」を目指し、女性の高等教育に生涯を捧げました。


その津田梅子の肖像画が、2024年度にデザインが変わる新五千円紙幣に使われることが決まっています。それを受けて津田塾大学学長が次のようなコメントを発表しました。「大変光栄に存じております。-中略- 梅子のバトンを着実に引き継ぎ、変革を担う女性たちをこれからも力強く育ててまいります。」


さて先月のこと、尾道市(今治市の姉妹都市)の広報2月号に

今治城が掲載されたことを紹介させてください。




尾道市と今治市は、連絡船の着く港⚓があったので昔から行き来があり【橋を架けよう‼】という気運の盛り上がりの中で1968(昭和43)年に姉妹都市の提携を結びました。


そのころ四国と本州を結ぶ橋は一つもなく、瀬戸内海を渡るには、フェリーや高速船を利用するしかありませんでした。


小学生だったAは、図工の時間に🌈夢の大橋を作ったのを覚えています。今では、〈瀬戸大橋〉〈大鳴門橋・明石海峡大橋〉〈しまなみ海道〉の3つの道が四国と本州を繋いでいるので、目的地によって使い分けることができます




コロナ禍がおさまったら、どこか行きたいな~♪と考えていらっしゃるなら、尾道も計画の一つに加えてはいかがでしょう。


尾道といえば、寺のまち・坂のまち・映画のまち寺社を巡って、坂道や路地を散策し、昔観た映画のロケ地を歩くのも楽しそうです。


しまなみ海道の本州側の起点でもあるので、レンタサイクル🚴で走ってみるのもよいですね。


海や山や島を楽しんだあとは、新鮮な食材を使ったお料理をお腹いっぱい召し上がってください。


一般社団法人しまなみジャパン「瀬戸内しまなみ海道」サイクリングマップより


英語版


尾道にいらしたときは、今治(しまなみ海道の四国側の起点)にある今治城にも、ぜひお立ち寄りください。



2021年3月3日水曜日

愛媛県・砥部町の坂村真民記念館

 こんにちは。


今日は桃の節句〈ひな祭り〉。

今治では4月3日に祝う家庭もあり、あと1ヶ月ひな飾りを楽しみます


全国の博物館では、さまざまな様式の雛人形や雛道具、大名・公家の旧蔵品を展示し、その歴史を振り返ります。




さて、先月24日のブログに使わせて頂いた椿の版画が展示されている坂村真民記念館(今治城から車で約1時間半の砥部町にあります。)を紹介させてください。






ここで坂村真民氏のことを少し。
1909(明治42)年に熊本県で生まれた詩人。戦後、愛媛県の高校教師をしながら詩を書き続ける。「二度とない人生だから」など、人々に生きる勇気と希望を与える詩を多数残しました。

坂村真民記念館は、砥部焼で有名な砥部町にあり、松山城から車で約30分です。




砥部町 地域振興課発行「とべ陶街道をゆく」より



記念館に着くと、代表作「念ずれば花ひらく」が出迎えてくれました。







建物の中は自然光が入り、木をふんだんに使って落ち着いた雰囲気です。左奥が展示室の入口。





展示室は、檜の床と黒い天井が印象的でした。





坂村真民氏の作品の近くに、子供が読める書体で書かれた詩があるので、読み取れない文字の助けになりました。

詩を読み進めていくと、たんぽぽのイラストの理由もわかります。













【愛媛産には、愛がある。】
愛媛在住の方なら、どこかで目にしているのではないでしょうか。ポスターやのぼり、愛媛産の商品にロゴマークとして印刷されていたりします。






静かな館内で、詩や版画を眺めるのはいいですね。
あわただしい日常とは別世界です。










真民先生の書斎を再現したコーナーには、実際に使われていた文机と電気スタンドが置いてありました。





ミュージアムショップはとても充実しており、好きな詩をいろいろな形で持ち帰ることができます。






会報誌は、真民先生の娘さん寄稿文『坂村家のアルバム』や『作品収蔵庫を探検しよう!』など、興味深い内容です。







記念館の近くにある「砥部焼伝統産業会館」にも立ち寄りました。入口に世界地図の模様の大きな壺があり、来館者がどこから来たかシールを貼っていました。






一昨年の夏、今治城でも「どこからいらっしゃいましたか?」と観覧者にお尋ねし、世界地図や県名別の表にシールを貼っていただいたことを思い出しました。

あの頃は新型コロナウイルスもなかったので、観覧者や職員の声でワイワイがやがや活気づいていたことが懐かしいです。

一日も早くコロナ禍が収束し、窓口の飛沫感染対策のビニールシートを外せることを心から願っております。


今治城藩主・久松松平家の梅鉢紋


こんにちは。


今日の今治は冬に逆もどり、冷たい風が吹いています。
お城の梅は、先週のぽかぽか陽気🌞と雨⛆風で見頃を過ぎてしまいました。

奈良時代の花見といえば、桜ではなく梅の花。

『万葉集』(奈良時代に成立した日本最古の和歌集)には、梅の歌が萩に次いで二番目に多く詠まれています。












2月25日は学問の神様、菅原道真公の命日でした。

毎年、京都の北野天満宮九州の大宰府天満宮「梅花祭」(道真忌)が行われます。今治にも菅原道真公ゆかりの綱敷天満宮があり、命日前後の日曜日に「梅花祭」が行われます。
※今年は新型コロナウイルスの影響により、梅花祭」の一部の行事が開催中止に。神事は関係者のみで実施されました。



今治の綱敷天満宮でいただくお守りやお札の袋は梅鉢紋が印されており、境内にも梅鉢紋がたくさんあります。












家々に家紋があるように、それぞれの神社にも紋があり、これを神紋(しんもん)といいます。


神紋の成り立ちは、神社本庁の公式サイトによりますとhttps://www.jinjahoncho.or.jp/


①神社に縁深い植物や祭器具などを表したもの 今治城に隣接する吹揚神社の神紋は〈御幣〉(ごへい) が用いられています





➁伝説や伝承などに基ずくもの  菅原道真公をお祀りする神社では、道真公が生前、梅の花をこよなく愛でたという伝承により、梅鉢紋が神紋に用いられています。

➂家紋から転用されたもの ⇨ 徳川家康公をお祀りする東照宮では、徳川家の家紋である葵紋が神紋となっています。

他にも、さまざまな文様が使われています。

お気づきかと思いますが、今治城主・久松松平家の家紋と菅原道真公ゆかりの神社の神紋は同じ梅鉢紋です。





今治城の御城印にも使っています。






※背景の藤堂蔦は、今治城を築城した藤堂高虎公の家紋です。

天守の展示物にも梅鉢紋があります。










久松松平家の家紋は、なぜ梅鉢紋なのでしょう。

今治城見聞録(今治城築城・開町400年祭実行委員会 2004年1月1日発行)の59ページにある久松松平家の家系図をご覧ください。久松松平家の先祖は、菅原道真なのです。





ちなみに、今治初代藩主・松平定房と松山初代藩主・松平定行は兄弟にあたります。

なので松山城の御城印にも、梅鉢紋が使われているのですね。




家紋にかぎらず、衣服やお皿や食品に使われている日本独自の文様を気にかけてみるのも楽しいかもしれません。


『日本の文様 解剖図鑑』筧菜奈子著より





2021年2月24日水曜日

パネル展・海城の形が変わった‼【学芸員の仕事➆】

こんにちは。


二十四節気の雨水が過ぎました。


すすき出版発行「心のうたかれんだあ」(平成9年)より
詩/坂村真民「一輪の花のごとく」画/海育阿育



人々は昔から、雨水【野山の雪がゆっくり溶け出し、田畑が潤いを取り戻す頃】をめやすに、農作業の準備を始めてきました。
農家に限らず、庭いじり・土いじりを楽しみにされている方にとって、待ちに待った季節到来ですね。




さて先日、NHK「ブラタモリ」をご覧になって村上海賊ミュージアムに行かれたあと、今治城に寄ってくださった観覧者とお話する機会がありました。
ブラタモリ「しまなみ海道~“瀬戸内の覇者”村上海賊はなぜ生まれた?~」1月16日にNHK総合テレビで放送されました。


その方は、パネル展示「海城の形が変わった‼」を見て、村上海賊の拠点が能島だけではなく、他にもあったことが理解できた。とおっしゃっていました。




また瀬戸内の海賊は、映画で観るパイレーツように船を襲って略奪する集団ではなく、【水先案内人や海上警備などをしたり、大名のように海上での戦いや兵糧輸送などで抜群の能力を発揮する】海を守る集団だったこともわかったそうです。


📺「ブラタモリ」でタモリさんを案内した村上海賊ミュージアムの学芸員・田中さんが坂の上のラジオ(2020年10月3日放送)で、
「彼らのなかには、歌を詠んだり、お茶を嗜(たしな)んだりする文武両道の海賊もいたんですよ。」と、村上海賊の意外な一面も語っています。南海放送ラジオのホームページより)


WAVE出版『お茶のすすめ』川口澄子著より



では、表題にある天守2階で開催中のパネル展「海城の形が変わった‼」を紹介させてください。




まず「海城」とは?

「海に接して築かれた城「海から船で入ることができるなど、海を城の中に取り込んでいる城」を海城と呼ぶことが多い様です。

瀬戸内地方の海城
①中世(鎌倉・室町時代
➁近世(安土桃山・江戸時代
をパネルにして、それぞれの時代による変化を見ていきます。


①中世の海城
下の地図をご覧ください。
展示で取り上げているのは、4つの中世の海城
赤丸左から来島城・能島城そして甘崎城・亀山城です。
※黄色は今治城




4つの城を、パネルで説明。






中世の海城の特徴

 ①岬の先端や小さい島を、城の縄張にしています。
 ➁自然の地形を利用し、規模が小さい。
 ➂海賊など、海で活動する勢力が城をつくっている。
 ➃近世まで継続する城は、ほとんどありません。


➁近世の海城

下の地図をご覧ください。
展示で取り上げている近世の城4つです。
左から小倉城・臼杵城・三原城・高松城
※黄色は今治城





4つの城をパネルで説明。






近世の海城の特徴

①平地の海辺や河口近くに築城。
➁人工的で大規模な石垣などを築く技術を使って広い敷地を造り、家来たちも住まわせた。政治活動の中心にするためです。
➂城下町や港をつくりました。経済活動の中心にするためです。
➃地域を支配する大名の居城。

まとめ

①中世の海城は、各地の海の勢力(海賊など)の海上活動の拠点。
➁近世の海城は、領国の支配者(大名)が政治と経済の中心地として築いたもの。大量の物流(生産物を生産者から消費者へ引き渡すこと)や交通が可能な海の利点を、大名が本格的に利用しました。

これらの違いが、海城の形や大きさに表れています。


今回のパネル展示で紹介した城以外にも、各地に海城があります。これをきっかけに、海城に興味を持っていただけると嬉しくおもいます。