2019年6月16日日曜日

今治城に ウィーン少年合唱団が♪


こんにちは。


6月14日は国際オリンピック委員会(IОC)が五輪旗を制定した日だそうです。

白地に青・黄・黒・緑・赤の5つの輪は、世界の大陸(アジア・ヨーロッパ・アフリカ・南北アメリカ・オセアニア)をあらわしています。




こどもがはじめてであう せかい地図絵本より




五輪旗には、世界中の国々がスポーツを介して友好を深めるというオリンピックの理念が込められているそうです。






この5つの色が選ばれたのは、これらに白を加えれば世界のほとんどの国旗が描けるからだといわれています。






6月4日、ウィーン少年合唱団のみなさんが今治城見学にいらしてくださいました。




演奏会のポスター



演奏会のリーフレット



天使の歌声で知られ、音楽大使であるウィーン少年合唱団についてお話しさせてください。


「天使の歌声」で知られるウィーン少年合唱団は、500年以上の歴史をもち10歳から14歳の少年たちで構成されています。
日本でも1955年の初来日から、絶大な人気を誇っています。


今年、日本とオーストリア国交樹立150周年なのと、
新しい元号「令和」がビューティフル・ハーモニーと英訳されていることは、
ウィーン少年合唱団の理念のなかにある「共生」にピッタリですね。


今回の来日メンバーは、日本人団員一人をふくむ26名のブルックナー組。


団員約100名は、シューベルト組・ハイドン組・ブルックナー組・モーツァルト組に所属し、寮生活をしながら学校で授業を受け、合唱の練習・リハーサル・本番をくりかえす4年間だそうです。


それぞれの組が、年に延べ3ヶ月海外公演をし、日曜日に王宮礼拝堂でミサ曲を歌い、専用劇場での公演をこなすのが彼らの主な活動だそうです。




今治城での彼らは(天守に靴を脱いでスリッパに履き替えて上がっていただいたのですが)帰り際にスリッパを元通りに並べてくださったり
「ありがとうございました」と日本語で言ってくださったり、とても紳士的でした。


天守に来る途中も、おしゃべりしながらお堀をのぞいたりして自由時間を楽しんでいるようすでした。


天守を観覧したあと隣の吹揚神社の広場で過ごす様子は、セーラー服で歌う公演中の姿とは違って、日本の子供たちと同じようでしたので親しみを覚えました。



ウィーンから✈遠く離れた日本へいらしてくださり、ありがとうございました








こどもがはじめてであう せかい地図絵 



今治城へもいらしてくださり、ありがとうございました。




これからも、その透き通った歌声で世界中の人々の心を清らかに浄化してください。





A


2019年6月12日水曜日

絶滅危惧種 アカテガニ


こんにちは。


入梅(にゅうばい)のころになりました。


暦の上では夏至の約10日前ぐらいを梅雨の始まりとし、入梅とよびます。梅雨明けは30日後となります。

天気予報のなかったころ、このように梅雨の始まりと終わりがあらかじめ決められていたのだそうです。

今治城では☂雨の日や雨上がりの日は、足元を注意しながら歩かねばなりません。なぜかというと、絶滅危惧種のアカテガニが岩陰から出て、あちこち歩いているからです。



岩のスキマで暮らしています。




アカテガニについては、
今治城の自然科学館入口にある今治城の自然を紹介するビデオと、パネルで説明しています。







アカテガニは愛媛県の準絶滅危惧種だそうです。








今治城には、アカテガニの他にも、複数の絶滅危惧種が生息しています。

街中にある今治城に貴重な自然環境が残っているのは、乱開発が及ばない環境と、適度な人の関与の絶妙なバランスのおかげのようです。







詳しくは、今治城の自然科学館へいらして展示物をご覧ください。








歴史だけではなく自然科学も学べる今治城に、
どうぞいらしてください。お待ちしております。



A




2019年6月7日金曜日

ようこそ! 吹揚小学校3年生のみなさん


こんにちは。


芒種(ぼうしゅ)のころとなりました。


太陽の動きを24等分した二十四節気は、一年を春夏秋冬の4つの季節に分け、さらにそれぞれを6つに分けたものです。
立春・春分・夏至など、季節をあらわす言葉として使われています。





「にっぽんの七十二候」より






「芒」は稲や麦などの穂先にある毛のことなので
「芒種」は芒をもつ植物の種をまく時季という意味ですが、実際には稲も麦も種は、まき終えてます。







二十四節気は中国の黄河流域の気候を基準にしているので、私たちの季節感とはズレることもありますが、農事暦や旬を楽しむ生活暦として今も便利に使われています。


新暦の日付とはちがう微妙な季節の変化を感じることができるので、その時々に紹介させてくださいね。




6月5日、今治城に吹揚小学校3年生74人と引率の先生4人のみなさんがいらしてくださいました。






子供たちは4つの班にわかれて、ボランティアガイドさんの説明を聞きながら見学しました。






お堀を泳ぐ魚の話しや














勘兵衛石と伝えられる大きな石(重さ16t)の話。
築城のとき、築城奉行の渡辺勘兵衛が、藤堂高虎の威光を示すために置いたといわれています。







鉄御門の柱や扉を鉄板で補強した理由や












藤堂高虎公の像の説明をボランティアガイドさんから聞きました。



天守に到着すると、一般の観覧者に迷惑をかけないよう、静かに靴を脱いで天守に上がっていきました。













吹揚小学校のみなさんみなさんは
子供らしい好奇心を持ちながら
公共の場でのマナーを守る小学生でした。


今治城の観覧料は、小・中・高校生無料ですので
また、いつでも遊びにいらしてください。

お待ちしております。




A




2019年6月3日月曜日

顔出しパネル初日(初代今治藩主松平定房のヨロイとカブト)


こんにちは。


神社や教会やホテルなどで花嫁さんを見かけると、こちらまで幸せな気持ちになります。


今月に結婚する花嫁を「ジューンブライド」というようになったのは、
昭和42年(1967)ごろ、梅雨の時季に結婚式が減るのを回避しようとホテルがPRしたからのようです。


西洋では古来から「ジューンブライド」は幸福になれると信じられてきました。
ローマ神話で6月は、結婚と女性の守護神・ユノの月とされているからだそうです。



先月、今治城の隣にある吹揚神社で挙式がありました。
花嫁さんの姿を天守入口から遠目に見せていただいたその日は、ほんわか気分で過ごさせていただいたのを思い出します。



すべての花嫁さんの未来が幸せでありますように。



さて、今治城では6月1日から顔出しパネルを設置しました。

パネルは初代今治藩主の松平定房の鎧(よろい)と兜(かぶと)です。









一番はじめのお客さまは北海道からのご夫婦で、仲睦まじいようすで写真を撮っていらっしゃいました。
遠くからのご来城ありがとうございました。










東京からの若い女性も、楽しそうに写真を撮り合ってらっしゃいました。顔出しパネルを利用してくださり、ありがとうございました。








海外からのお客さまにも好評です。とても楽しそうに写真を撮り合う声が事務所に聞こえてきたのでブログ用に並んでいただきました。
こころよく撮影に応じてくださり、ありがとうございました。








これからも、お城にいらしてくださる方々が楽しめるよう、工夫を凝らして職員一同お待ちしております。




A



2019年6月1日土曜日

お堀の大掃除


こんにちは。


今日から六月。


多くの地域で、制服が夏服へとかわります。
黒紺色の冬服から白い夏服にかわると、学校の教室が明るく
なりますよね。


今治城の堀も大掃除してくださったので、きれいにさっぱりスッキリしました。水面がキラキラひかり輝いています。


こちらが、お掃除前の堀です。








腰まで水に浸かり、根気強く網ですくってくださいました。
今治市職員5人と館長とで2時間あまりかかった作業です。













みかんのキャリーに入れて、お堀の上へと引っ張りあげます。







こんなにたくさん、すくい取っていただきました。






こんなにキレイになりました。






お堀を大掃除してくださって、ありがとうございました。


これで、お散歩を日課にされている市民の方々や観光客のみなさまにも、気持ちよく歩いていただけます。


今治城の堀のまわりを、お散歩コースの一つにされてはいかがでしょう。ちなみに一周1.1㎞です。


A




2019年5月29日水曜日

日本三大海城 今治城の堀   


こんにちは。


梅雨の訪れを告げる「菖蒲」が咲くころですね。






「菖蒲」と書いてアヤメともショウブとも読むのは、昔の人々もアヤメとハナショウブを混同してたからだそうです。


どちらも優劣がつけがたいことを意味する「いずれアヤメかカキツバタ」ということわざがあるように、アヤメとカキツバタもよく似ています。


見分けがつきにくい
アヤメとカキツバタとハナショウブ



今治城の堀にいるボラとチヌも見分けがつきにくいです。
お城の堀は海とつながっているので、海水魚がたくさん泳いでいます。

フグ🐡もいるんですよ。















ずいぶん前は、お堀の周りから釣り糸をたれて魚釣りをしている人を見かけましたが、今は堀の魚を獲ることは禁止されています。
















今治城の堀は、潮の満ち引きによって海水が出入りするので水面が上下します。


こちらの水路を通って海水が出入りします。








水路は、この道路の下をくぐって








海とつながっています。





















こちらが、海から堀へ、海水が流れ込む入口です。







このように海と堀がつながっているので、ときおり海からの珍客が訪れます。














お堀の底から真水(蒼社川の伏流水)が湧いているところがあるので、淡水魚のメダカもいます。

河口の汽水域(淡水と海水が混在した状態)のように、海と川の生きものが暮らしている珍しい堀です。




現在の堀は海から離れた場所にありますが、かつては外堀・中堀・内堀という三重の堀に海水を引き入れ、海から船に乗ったまま直接入ることができるようになっていました。





平成30年度 今治城特別展『よみがえる瀬戸内の名城ー今治城図録・古写真展ー』(一般財団法人今治文化振興会 今治城、2018年)より引用



今は写真中央(武具櫓2階の左側)道路下にある水路から、海水だけが出入りしています。







今治城は、50m~70m幅(弓矢の届かない距離)の堀と9m~13mの高い石垣で、本丸への侵入を防ぎました。


日本一の海城【今治城】へいらっしゃいませんか?
職員一同お待ちしております。



A



2019年5月27日月曜日

今治城の天守 つづき


こんにちは。



ツバメが巣立ちをする季節になりました。


今治城の天守でもハトが巣作りをしようと、半開きにしてた鎧戸とガラス窓の間に木の枝をせっせと運んでいます。









鳩のクック―クックーという鳴き声と、ガラス越しに鳩の姿を見た観覧者の方々が「ハトが閉じ込められています!」と心配して教えに来てくださいます。


天守のまわりを鳩がテケテケ歩くようすは、平和そのものですね。



ちょうど先週の新聞(5月25日朝日新聞)に、このような記事があったので載せさせてください。








話がそれてしまいました。
では、天守の話をさせていただきます。



お城といえば天守、のような情報発信が多いせいか(お城=天守)のイメージがありませんか。


お城を構成しているのは、天守の他に、堀・石垣・櫓・御殿・門・橋などがあります。





戦国時代から江戸時代に建造された天守のうち、火災や解体危機や、戦争による被害を乗り越えて現存している天守が12あります。







国宝や重要文化財、世界遺産にも指定されている名城ぞろいです。



天守は時を経て、軍事的利用から権威の象徴へ変化していきました。


天守は、幕末のころ約70があったそうですが、ほとんど明治時代初期に解体されたため、残った天守は約20だけになりました。


その後、戦災や落雷火災で焼失したので、
現在まで往時の姿を残している天守は、
わずか12です。


そのなかの4つが四国にあるので訪ねられてはいかがでしょう。



今治城は現存天守ではありませんが、石垣と堀は江戸時代のものです。
石垣と堀をながめて悠久の歴史を感じられてください。



A