こんにちは。
※前回までの記事はこちら
第1回 2つの甲冑(よろい)
☞ https://imabarijo.blogspot.com/2021/11/blog-post.html
第2回 武士の正装 裃(かみしも)
☞ https://imabarijo.blogspot.com/2021/11/blog-post_16.html
将軍は、全国各地の大名(だいみょう。広い領地を支配していた武士。藩主(はんしゅ)のこと)を支配するために、大名に対し、将軍のいる江戸(えど。現在の東京)に定期的に参勤することを定めていました。
「参勤交代(さんきんこうたい)」という制度です。
大名は、付き従う家臣たちと共に江戸に上り、江戸にあった屋敷に滞在しました。それが江戸屋敷です。
この絵図は、今治地方を治めていた今治藩(いまばりはん)の江戸屋敷の平面図です。
やや細長い敷地の真ん中にある黄色で示された建物が、大名(藩主)が滞在する「御殿(ごてん)」です。
たくさんの部屋がある大きな建物です。
御殿は、藩主やその家族の住居であると共に、藩の江戸での仕事場(オフィス)も兼ねていました。
御殿の周りを、青色や白色で示された細長い建物が囲っています。
この建物は長屋(ながや)でした。
いくつもの部屋に区切られていて、藩主に従う家臣たちはここに住んでいました。
その多くは単身赴任でした。
中央に御殿。その周囲を家臣たちが住む長屋が囲うという配置は、各藩の江戸屋敷の通例でした。
しかし、身分によって与えられる部屋が異なっていました。
この屋敷の長屋では、この広さの部屋が一番多いようです。
今のワンルームマンションの普通の部屋より少し狭いでしょうか。
広いですね! ゆったりと暮らせそうですね!
世古さんは当時、今治藩の重臣でした。
部屋自体は普通の広さですが、8、9名でですからね。。1名あたり2畳弱。
ほぼ寝る所しかない広さ。かなり狭いです!
非日常の合宿の時なら楽しいかもしれませんが、長期の日常生活ですからね。。。
人間関係は密になりそうですが。。。
同じ組織のお侍さんの生活空間にも、いろいろあったということがわかります。
今回はここまでです。
次回の見どころ紹介もお楽しみに!!
学芸員F